ローマ人・ギリシャ人・ユダヤ人:塩野七生氏「ローマ人の物語」第1巻 ローマに一日にして成らずより

ローマ人の物語
"Reading book, canon 1Ds mark III"

「ローマ人の物語」では随所で気になる言葉に出会う。これらの言葉がふとした時に全く別の経験や別の視点と共鳴して大きな気づきを与えてくれる。その愉しみを求めて何回も読み返す。第1巻の「人間の行動原則の正し手を宗教に求めたユダヤ人、哲学に求めたギリシャ人、法律に求めたローマ人」の言葉を紐解く。

人間の行動原則の正し手を何に求めたか?

この巻で一番気になる言葉は

人間の行動原則の正し手を、宗教に求めたユダヤ人。哲学に求めたギリシャ人。法律に求めたローマ人。この一事だけでもこれら三民族の特性が浮かび上がってくるくらいである。

ローマ人の物語 ローマは一日に成らず 上 :塩野七生 より

の部分。この一言で一つの史観を提示している。宗教哲学法律がその後の世界にどんな影響を与えてきたか?ローマ人のみがなぜ最初の巨大な文明圏を築き得たのか?

この巻ではとても興味深い人物として二代目の王:ヌマが紹介される。その業績として「暴力と戦争によって築いたローマに法と習慣の改善による確かさを与えようとした」というリヴィウスの「ローマ史」を紹介する。

ヌマの特筆すべき業績として宗教についての改革を挙げる。新たにヒエラルキーを作り、持っていた多くの神々を整理。しかし、排斥はせず、逆に積極的に他民族の神々を守護神として導入した。また神官の組織も整えたが、この神官は選挙で選ぶものとし、任期も決められていた。つまり任期を過ぎると神官もただの人になる。これにより神官が絶対的な権威を持つことがなくなり、自然に政教分離が行われ、ローマでは宗教が狂信的な力を持つことがなかったと述べる。

さらに同じように倫理道徳の根拠を宗教に求めなかった国家がギリシャでありギリシャの場合はこれを哲学に求めたと述べる。

ローマが法に秩序を求めたことのメリット

宗教は同じ信仰を持つ人を強く結びつけるが他の信仰を持つ人々を排除する。哲学はこれを理解するために一定の学びと知性を必要とする。しかし法律は一度作ってしまえば、他宗教の人であれ、価値感の異なる人であれ、誰でもその恩恵に預かれるという寛容性を持つ。この寛容性にローマ人をローマ帝国に導く端緒があった。

後の巻で塩野七生氏は大好きな?ユリウス・カエサルの生涯を心を込めて描く。そのカエサルが凱旋のコインに刻印したモットーは寛容=クレメンティアであった。ヌマの蒔いた種を500年後にカエサルが花咲かす。

日本の政教分離

塩野七生氏がこの「ローマ人の物語」を執筆するにあたって参考にした文献について「後世の西欧の多くの研究者のものではなく、ローマ初期の時代の文献の方がしっくりくる」。日本人の塩野七生氏にはキリスト教をベースに持った近代の研究者ではなく、キリスト教布教以前の古代の研究者の方が共感できると述べる。

その日本の「政教分離」を塩野七生氏は別著「男の肖像」の中で、織田信長の功績と説く。比叡山の焼き討ち、長島・伊勢一向宗徒との戦い、石山本願寺攻めなど、織田信長の戦いを機に、日本人は宗教に対して免疫を得たと説く。織田信長以降、宗教が政治に関わることがなくなる。

男の肖像

ところで今の日本人は何を行動の正し手としているのだろうか?アメリカ?中国?ロシアは?と考えてみることも愉しみの一つ。

何故 ローマ人だけが一大文明を築き上げることができたのか?

この第1巻の冒頭に

 知力ではギリシャ人に劣り、体力ではケルト人やゲルマンの人々に劣り、技術力ではエルトリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣る

ローマ人の物語 ローマは一日に成らず 上 :塩野七生 より

ローマ人だけが、なぜ一大文明圏を築き上げ、それを長期にわたって維持できたのか?と問いかける。

答えを探す旅

この答えを塩野七生氏と一緒にローマ史の1,200年をたどりながら探していく旅は、何回たどっても愉しい。是非一度は読んでおくべき本。まずは1巻から。

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