【動機善なりや、私心なかりしか】第二電電事業への参入の是非を悩んでいた稲盛和夫氏が自らに問い続けた言葉。これはそのまま会社の後進への身の引き締まるような問いかけにもなった。この問いかけに見事に答え切ったある上司の「私心のない判断」に立ち会った経験。
元上司との会食
先日、ある先輩=元上司と久しぶりに会食した。若い頃から着かず離れず、ずっと一緒に仕事をさせて頂いた方で、メンターとでもいうべき人。【この人には人としてかなわない】という得難い体験を何回もさせて頂いている。
会社時代は、現在私が所属する事業部門の経営を担われていた。その後、会社を卒業されて今は、製造・技術関係の「経営コンサルタント」をされている。
久しぶりに夕食をご一緒し、コンサルタントの話やコンサルタントが市場で求められているニーズなど、沢山の興味あるお話をたくさん頂き、また、昔話にも花が咲いた。
事業部門の現在の実績
会話の中で、この3年で大きく伸びた今の事業部門の業績の話をすると
『そうかあ!大したもんや!俺が受け持った時の4倍にはなったね!それは凄いことやぞ!』
流石である。何年経っても経営数字は記憶されていて成長した今の実績に心から喜んでいただけた。
10年前の出来事
一つの出来事を思い出した。
この上司が事業部門の経営をされていた時代、苦しい不況の時期が続いた後にようやく市況がよくなり、活況を迎え、これに応えるべく新しい工場を建てる計画が持ち上がった。
しかし新工場の計画の時点で既に市況はピークを越え、その後、市況はまた下降傾向をみせ始めた。この状況に不安を覚えて、この上司に
「今、新しい工場を建てて大丈夫でしょうか?市況は少し下降傾向ですし、、、今は一旦保留された方がいいのではないでしょうか?」
と、打診した。
工場建設継続の判断
もちろんご自身で市況は見られていた。工場建設を進めることで業績が厳しくなることも見通していた。それでもこの新工場建設を継続する腹を決めていた。
【そうやなあ。この分では建ってから何年かえらい目に遭うんやろな・・・でもな!チャンスがある時に工場は建てとかんといかんのや!この事業は長い目で見たら必ず伸びるし、そもそも工場を建てとかんと、若い奴らが将来活躍する場所がなくなるやろ?その場所は作っとかんとな。それが俺の役割や】
答えた上司の判断の中にご自身の業績への心配は影も形も無かった。
- 長い目でみると将来にこの事業は伸びること。
- その伸び代を確保するために工場が必要なこと。
- 若手が活躍する場を作って残すこと。
動機はこの3つ。それが「自分の役割」と腹を決めておられた。
工場新設後の実績
案の定、市況の悪化とともに部門の業績も落ち込んでいった。工場は建てたもののすぐには売り上げにつながらなかった。工場そのものの経費が重荷になった。
事業部門毎に、月次で経営数字が明確に示される仕組みの中で、上司自らの見通しの通りに事業部門は業績不振に苦しみ、上司も辛い思いをされた。
業績が回復したのは・・・
業績が回復したのは、この上司が会社をすでに会社を卒業され、さらに数年のちのことだった。
今も変わらない上司
今回、久しぶりにお会いして、何の屈託もなく現在の事業部門の成長を心から喜んでいる元上司の姿を見ることができた。あいからず彼には私心が微塵もなかった。
『お前ら本当に凄いな!』
何のわだかまりもなく、純粋に喜んで、褒めてくれた。
- いつも大きな視点、長い視野で事業と人を見て
- 自分の『不利』を一顧だにせず我々や後輩にエールを送り続けてくれた。
それは今も変わっていなかった。
【動機善なりや、私心なかりしか】
繰り返し教えられ多くの社員がこの言葉を学んできた。会社の誰もが知っている言葉であり、周りに空気のように存在した。
その実践は容易ではないが、しかしこの上司が下した「工場建築をやめない」の判断の中には【私心はなく】その【動機は善】だった。
この工場建築の判断は、後進の活躍する場のプレゼントであり、業績を回復してくれるという期待であり、その信頼でもあった。後進は応えるしかなかった。
『稲盛和夫一日一言』より
この言葉は稲盛和夫氏が第二電電設立の是非を自問自答された時の言葉として伝えられている。『稲盛和夫一日一言』の抜粋を載せる。
大きな夢を描き、それを実現しようとするとき、「動機善なりや」と自らに問わなければなりません。自問自答し、動機の善悪を確認するのです。また仕事を進めていくうえでは、「私心なかりしか」という問いかけが必要です。自己中心的な発想で仕事を進めていないかを自己点検しなければなりません。動機が善であり、私心がなければ、結果は問う必要はありません。必ず成功するのです。
稲盛和夫一日一言 2月1日分より
第二電電(現KDDI)設立前、約六ヶ月もの間、毎日、どんなに遅く帰っても、たとえお酒を飲んでいようとも、必ずベッドに入る前に、「動機善なりや、私心なかりしか」と自分に問い続けました。通信事業参入の動機が善であり、そこに一切の私心はないということを確認して、ようやく手を挙げたのです。
稲盛和夫一日一言 2月2日分より
リーダーシップ
稲盛和夫氏が究極の判断を迫られた中で自らに問い続けた問い。その同じ問いに対する答えを「工場建設をやめない」という判断で後進に示してくれた上司。
彼は『俺もこういう人でありたい』と思わせてくれた上司だった。
- 【私心が微塵もなく】
- 【口は悪いが部下や仲間や後進のための判断をする】
皆んな惹かれていた。こんな人間には自然と人が集う。リーダーシップとはそういうものなのだろう。
私のMISSION
頂いたこの得難い経験を言葉にして残すことも、貴重な場に立ち会う機会に恵まれた私のMISSIONだと考えている。
その嚆矢としてここに『稲盛和夫』の問うた【動機善なりや、私心なかりしか】と、この問いに自ら答えを出した【ある上司の判断】を記録する。
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