ものづくりに携わっていると品質トラブルは避けられない。その解決を担うエンジニアの負担は大きい。こなし切れないアクション。容赦ない期限。限られたリソース。緊迫した中で本来の自分の能力とメンタルをどう維持するのか?39年に及ぶ経験から3つの気づきを提案し、エールとしたい。
視点と視座
次々に沸き起こるアクションとその期限に追われていると、いつの間にか視点が短くなる。視座も低くなる。全体像を見失い、枝葉末節の一つ一つのアクションや実験の結果に振り回されてしまう。
いつしか「問題解決」の本筋からはずれた枝道で一喜一憂している自分に気づく。いったい自分は何やってんだろう?その徒労感は体にも心にもダメージを与える。
① 俯瞰
そこで一つ目の提案は【俯瞰】する習慣。一日一回、10分で良い。問題の全体像を俯瞰する。これを毎日行う。驚くほどに「効果性」が高く「効率的」でもある。
おすすめの時間は朝一番。一晩の睡眠で昨日までの情報が、脳の中にそれぞれの居場所を見つけて落ち着いている。この状態で俯瞰する。全体像がありありと見えてくる。
【俯瞰】とは、すっと引いて、遠くから眺めてみるイメージ。「目の前のこの問題」と同時に「取り組んでいる自分」も観る。ちなみに「見る」ではなく「観る」。
【俯瞰】と似た意味を持つ言葉に「離見」「客観」「メタ認識」などがある。これだけの言葉があるということ。それはこの【俯瞰】という智慧が人類の叡智の一つであることを示している。問題解決の現場でもこの【俯瞰】という叡智は使える。
これらの言葉の中で自分に一番ピッタリくる言葉を選ぶ。私の場合は【俯瞰】の言葉がピッタリと当てはまる。そういえば「幽体離脱」という言葉も使うこともある。。。
空間的に俯瞰する
最初に空間的に問題の全体像を俯瞰する。問題の大きさ、深刻さの度合い、影響する範囲、関係している人々、お客様、これらを俯瞰して観る。上空から見下ろしているイメージ。問題に取り組んでいる自分もそこに居る。
この風景は毎日少しずつ変わる。新しく発見した事実と情報がこの風景に加わる。一日一回の俯瞰は、この新しい事実を全体像の中でどう位置付けするか?を整理する機会にもなる。
新しい事実や情報がどのように「問題解決」に関わってくるのか?何ができていて、何ができていないのか?ここから必要なアクションが見えてくる。アクションの優先順位も見えてくる。
時間的に俯瞰する
次に時間的に俯瞰する。現在地から解決までの見通しを俯瞰する。問題解決の全体の流れの中での現在地が明確になる。次に必要な準備事項やアクションが見えてくる。
これをすることで
- 「先を読んで事前に準備することのできる人材」になることができる。
- 「問題に追われていた立場から、問題をコントロールする」立ち位置に立つことができる。
「自分で問題解決の全体像をコントロールしている」という手応えが自信につながる。メンタルのコントロールにも有効な手段。
さらに、とっくに品質トラブルが解決しているはずの半年後、一年後、3年後を想像してみるのも良い。どんなにトラブルでも永遠には続かない。必ず終わりはくる。これを知っておくことも自分をコントロールすための大切な視点。
「物語」に
【俯瞰】のコツは問題の全体像を「物語」にすること。枝葉末節を外してシンプルな物語にしてみる。
まだわかっていない事実は「まだわからない」で構わない。そのわからないままに物語にする。
毎朝、新たに発見した事実を付け加えて物語を書き加ていく。事実を組み上げて日々、物語を作り直していくというイメージ。
時には、新しい事実の発見から、これまで書いてきた物語の根幹を書き変えることもある。そんなこともしばしば起きる。これは止むを得ない。その場合は躊躇なく書き変える。
「物語は書き変えても事実は絶対に変えてはならない。」
当たり前のことだがこれが鉄則。ここを誤ると真因には届かない。明確な事実のみを組み立てて問題を理解し、その解決を物語として構築する。
物語を毎日書き変えることで問題の理解が深まる。これまで見えていなかった問題の様相と解決の構造が見えてくる。
私の場合は「8D」というフレームワークを使ってこの問題解決の物語を構築している。
習慣
この【俯瞰】を毎日の習慣にする。必ずそれだけの価値はある。「道に迷い続けている10分」に比べて「道を探して方向を決めるための10分」は格段に価値が高い。
ひょっとして「忙しくてそんな時間は取れない」と感じる人もいるかもしれない。「時間が足りない」という感覚はとてもよくわかる。特に自分がプレーイングマネージャーになっている場合は「そんな時間があればもっとやるべきことがある!」と思ってしまう。
でも、そうであるからこそ【俯瞰】が有効に働く。「効果性」を高めて「効率」をあげてくれる。能力もメンタルも最高に引き上げてくれる。
そもそも、心を静めると「須臾の中に久遠の時間」を見つけることができる。「たった10分の中でこんなことができるのか?」と濃密な10分を実感できる。
「気がつくといつものように問題の全体像を俯瞰して問題解決の物語を紡いでいた」
そんなことができる技術者は強い。
② ワーストケース
二つ目の提案は、一番最初に「最悪のケースを想定しておく」こと。起こりうる最悪の事態を想定して、これをできるだけ具体的にイメージに落とす。私はワーストケースの被害総額を試算する。試算してこれを自分の腹に落とすことで覚悟が決まる。
すると、ここからのアクションは全てワーストケースからのポジティブな改善アクションになる。これもマインドを支えてくれる。
日々を「より悪い状況に落ち込んでいく過程」ではなく、最初に一番下まで降りて「這い上がっていく過程」として設定する。
③ 睡眠の確保
三つ目の提案は睡眠の確保。最高の能力とメンタルを維持しこれを発揮するための大切なポイント。
人はしっかりと睡眠を取らないと能力もメンタルも維持できない。自分に固有な必要な睡眠時間を確保することで本来の自分らしい能力を発揮し、強いメンタルで大きな品質トラブルに臨むことができる。
緊急事態の容赦ない期限の中で「睡眠時間を削って対応」せざるを得ないことは確かにある。しかしこれは続けない。できれば断固として期限を設定する。
睡眠不足が続き、本来の能力とメンタルを損なった技術者は重要な事実や情報の意味に気づくことができない。「充分に睡眠をとること」のメリットを並べてみる
- 本来の能力を発揮できる
- 強いメンタルを維持
- 仕事の効率のアップ
- 真因が潜んでいる深い「知恵の蔵」に手が届く
私の場合に必要な睡眠時間はおよそ7時間半。
次は「問題の捉え方」
私自身、今も非常に大きな品質問題に取り組んでいる砂かぶりの現場から「3つの気づき」を拾い上げてみた。ぜひ、この提案を一つでも採用してみてほしい。
あなたが能力とメンタルを最高に発揮し、あなたとあなたの問題解決に貢献できれば、こんなに嬉しいことはない。
次の記事では「問題の捉え方」について書いてみたい。
コメント